CHINA BIZ MANNERS

中国ビジネスマナー入門

その1 2000

「坊主頭の「お嬢ちゃん」」 正真正銘女の子です 2010/05子も母もたくましい 北京市内の高級スーパーにて 2010/05

中国ビジネスマナー入門 その1 目次

失敗しないおみやげ選び

中国では、おみやげの内容・豪華さは、相手をどのくらい重要視しているかの表れとなります。相手の肩書きによって、いくつかの段階に分けて用意しましょう。

おみやげ選びのタブーは、

  1. 中国製
  2. どんなに高級なブランド品であっても、靴下やタオル、ハンカチなどの日用品
  3. 置時計と掛時計(発音から縁起が悪いとされている。ちなみに腕時計や懐中時計はOK)

受けのいいおみやげは、

  1. 3万円前後…mdプレーヤー、カメラなど
  2. 1〜2万円前後…ブランドものの化粧品セット、システム手帳、お酒
  3. お手頃価格…カード型電卓・カジュアルな腕時計・センスのいい文房具(男性に)、キャラクター文具(子ども、若い女性に…欧米でも喜ばれます)

気の置けない友人には、それほど堅苦しく考えなくても心をこめたものならば、たとえば手作りのお菓子なども喜ばれます。

奥さんをほめたらダメ!?

日本ではよく、(男性が)「きれいな奥さんですね。」となにげなく相手の奥さんをほめますが、中国ではこれは禁物です。先方の奥さんに気があると思われてしまうからです。もしほめるのなら、「よく気のつく方ですね。」とか「賢い方ですね。」などと言うのがよいでしょう。

坊主頭の「お嬢ちゃん」

奥さんをほめるより、子どもをほめるのが無難です。中国では、2〜3歳ぐらいまでの乳幼児は、夏になると男の子も女の子も坊主頭である場合があります。髪が短いからといって、必ずしもオトコの子ではありませんので、これもご注意!

男性のひとり旅は危ない!?

日本人男性がひとりで中国へ出張したとき、朝目が覚めると知らない女性が隣に寝ていた、というびっくりするような事件を何度か耳にしました。そしてこの中国人女性は、彼に襲われたと訴えます。彼女と、ホテル側あるいは公安はグルだという噂です。もしこれで本当に訴えられると、男性は強制送還となるそうです。嘘のような本当の話ということです。男性のひとり旅はご用心。

給料の価格差

あるとき、ひとりの中国人が私に聞きました。なぜ同じ仕事をしているのに、日本人の給料は多いのだと。私はびっくりしてしまいました。日本人はこの違いを疑問に思いません。むしろ当然でしょう。けれども、中国人にとっては明らかに差別なのです。もし日本人が現地で採用されたのならば中国人と同じ給料ですが、日本人はたいてい日本で採用されています。このときは物価の違い、家賃の高さなどをきちんと説明しますと、相手も納得してくれました。

中国人は、給料の中身をあいさつがわりのようにお互いに言い合います。日本人との差を訴えてくるようなことがあれば、そのへんのところをていねいに説明しましょう。

個人主義の国

中国人は、会社に対する忠誠心よりも自己の能力を生かせることを重視します。同じ業務ならより給料の高いところで働きたい、と彼らははっきりと主張しますし、常にステップアップのチャンスを狙っています。そして、同じ会社内での噂流し(中国人は噂好きです)、ライバルに対する陥れなどは日常茶飯事です。中国人にとっては自分がいかに有利に立つかが大事であり、自己主張と自己顕示欲の非常に強い、自己の正当性を曲げない民族だといえます。

また、例えば単身赴任などは、日本人にとってはごく普通のことでも、中国人には受け入れることのできない制度・習慣です。中国人にとって家族は、人脈の最小単位と言われるほど強く結びついたものであり、中国人にとって家庭の団欒はなによりも大切なものなのです。夫婦共働きが当たり前の中国では、男性の家事参加や子どもの送り迎えも日常のことです。できるほうがする、ということが夫婦の間で自然に決まっています。会社ではなく自分自身や家族の利益のことを考え行動する、ビジネスにおいても家族が最優先、それが中国人なのです。 社会主義にあって、中国は極めて個人主義的な国だといえます。

人脈と人の和

個人の利益の追求と徹底した自己主張をする反面、対価を求めず相手を助ける心、和を大切にする心のあるのが中国人であるといえます。一度信頼関係を結ぶと、家族のように尽くしてくれるのが中国人なのです。

ビジネス上でなにか突発的な問題が起こったとき、それを解決する原動力となるのは、結局はそれまでに築いてきた大小の人脈だといえるでしょう。「大」が家族のようなつきあいのある中国人だとすれば、「小」は知り合ったばかりの中国人かもしれません。また、見ず知らずであっても手を差し伸べてくれることもたくさんあります。

とはいってもみんながみんな親切なわけではありません。知らん顔している人もあります。けれども、差し伸べられる手は、日本でそういう行為を受けるのとはまた違った、あの大地を背景にしているかのような、もっと力強く自然で、もっと素朴で温かいものに感じられるのです。

家族主義とコネの関係

個人主義の中国とはいっても、それは欧米のように宗教に基づいた神に対する自分という意味ではなく、家族・血のつながりに基づいた、あくまで家族あっての個人という意味での個人主義、言い換えれば「家族主義」ということになるかと思います。

日本的な家族主義が企業や学校といった家庭外の社会単位にあり、同一共同体の他人との共生・調和にこだわるのに対して、中国の家族主義は純粋に家族・身内を単位としています。厳しい歴史を生き抜いてきた中国人にとっては、家族を核とした血族こそが自分のよりどころとなるのです。強烈な同族意識と結束力の強さが生むネットワークは、かなり広範囲にわたります。一人の中国人の後ろには大勢の血縁者が存在し、一個人、一家族の成功はその一族すべての繁栄につながらなければなりません。それこそが中国人にとっての調和であり、情理にかなったことなのです。

このようなわけで、中国で言う「コネ」は、私たち日本人の考えるものと根本的に違います。それはまず、この血縁関係・身内のことなのです。けれども、血縁関係を超えたところにもコネは存在します。例えば、相手にとって有利となるような何かを与えることができたときです。さらに、苦労や思いを共に分かち合うという共通体験に基づいた人間関係をつくることができれば、それは身内にも匹敵する人脈となるでしょう。

中国人と本物の人間関係を結ぶことは、中国でなにかを成し遂げるための最大の条件です。それは、本気で中国に接したことのある人に共通する実感だと思います。

悪い人はどこにもいるもの

中国語がわからず「金のなる木」である日本人は、ときとして中国人に利用されます。ほめ、おだて、いかにも味方だ、尊敬しているというふうに接してきます。けれどもそれは、日本人に地位とお金があるからこそです。そういう種類の中国人は、自分たちの目的達成のために、尽くすふりをしながら巧みに利用し、支配します。

人というのは本来弱いものです。また、島国であり、外国から侵入された経験を持たず、他民族や他国とのどろどろとした確執に慣れていない日本人は、異なる環境に置かれたとき、また日本では得られない地位や富を身につけたとき、相手に翻弄されたり、きちんと判断できなくなりがちです。彼らこそが自分の友・腹心と信じたり、あるいは悪い類の中国人と知っていながらも、次の成功という自らの野心のために癒着することを断ち切れず、無意味な投資を次から次へと繰り返したりします。そして、気がついたときには仕事も地位も失ってしまう日本人が大勢います。

もちろん善良な中国人もたくさんいます。が、12億とも13億とも言われる人口を持つ中国です。あなたにとって危険な中国人もまた、必ず回りにいると思って注意したほうがよいでしょう。

こんなあなたが危ない!

  1. あなたに対する誉め言葉の羅列に酔ってしまうこと。なにせ交渉術に長けた中国人です。あなたにうまく取り入るためにヨイショすることぐらいはお手のものなのです。
  2. 中国側の「熱烈歓迎」に単純に感動してしまうこと。日本人の純粋な感激の気持ちを利用して自分たちの思い通りに事を運ぶための社交辞令であることも多いのです。
  3. なんでもできるという中国人の言葉を鵜呑みにしてしまうこと。なんでもできるはなんにもできないことである場合が多く、海外投資を熱望している彼らは、なにもできない人ほど「大丈夫」と答えるものなのです。
  4. 政府役人等の実力者との人脈があると言われ、確認もせずにすっかり信用してしまうこと。中国人はたったいま出会ったばかりの人にでも、「ラオポンヨー(長年の友人)!」とさらっと言ってしまえる天性の演出家だと心得ておきましょう。
  5. 中国では人脈・権力さえあれば法律も関係ないと誤解してしまうこと。人脈とは、法律に従うという正攻法の中で効果的に攻めていくための力なのです。
  6. わけのわからない中国語に疲れ果て、ついつい流暢な日本語を話す中国人を信じてしまうこと。日本語ができるというだけで日本人は気を許しがちですが、実はそこが落とし穴となる場合も多いのです。
  7. あなたに味方する善良な人たちを徹底的に陥れることで、その信頼関係を破壊しようとする中国人の策略にはまってしまうこと。これが狡賢い部類の中国人特有のやり方であり、それはありとあらゆる方法で巧妙に執拗に繰り返されます。

中国であなたを守る武器

中国人は野心家でもありしたたかでもあり、私たちがその本心をすぐに見抜けるほど単純な民族ではありません。そういったトラブルを避け、なにが本当なのか、なにを信用したらよいのかを見極めるための得策はありませんが、結局は次のように正面から中国と向き合えるかどうかだと思います。

ひとつは、中国語を理解しようと努力することです。その努力は、中国人・中国そのものの全体的な理解にもつながります。狡さや悪巧みを持った中国人にとって、中国語や中国のわかる日本人はそれだけで脅威です。逆に相手が日本語を話せ、こちらが中国語を話せない場合、危険度も倍増します。通訳がいるから大丈夫と言う人もありますが、通訳がこちらの味方とは限りませんし、自分で理解する言葉はその重みが違います。

もうひとつは、迷ったときや混乱したときこそ人の言葉に惑わされず、客観的に調査・分析し、事実を確認したうえで、最終的にはあなた自身の心で判断するということです。そして常に、心のある人間は誰なのかを判断の基準にすることです。

広大で複雑、文化の後ろにも政治が存在し、凄惨な歴史と多くの人とが渦巻く中国という国では、なにが正しいのか私たち外国人が判断すること自体、至難の技ともいえます。結局のところこの国では、あなたが自分の目で見たものだけが本当のことであり、なにを真実とするかの判断は、あなたの知恵と経験と人間性に基づく感性に委ねられるのです。 中国で生きることは、必死になって真実を見極めるようとすることの連続です。その意味で中国人と付き合うことも中国でビジネスをすることも、まさにひとつの戦いなのです。

大切にしたい中国人とは

信頼できる中国人とはどういう人たちでしょう。

たとえあなたにお金や地位がなくても、あなたを好きだからよくしてくれる人。いいことばかりではなく、ときにはあなたに注意し、あなたを批判してくれる人。できないことはできないと、きちんと言う人。あなたとけんかしてでも理解し合おうとする人。あなたと苦労や思いを共有しようとする人。友だちや家族のように、損得なしであなたに関わろうとする人。あなたが本当に苦しいときにこそ手を差し伸べてくれる人。瞳には濁りがなく、口元には狡賢い薄笑いが感じられず、まっすぐにあなたを見つめることのできる人。

たとえ強力な地位やコネを持っていなくても、そういう中国人こそが、あなたを本当の意味で最後まで助けてくれる人であり、中国でものごとを正しく把握・判断するための指標となってくれる人です。本物のコネとは、一見してそれとわかる強力なものではなく、そういう中国人との関わりそのもの、一中国人とどれだけ深い関わりを持つことができたかだと思います。地位の高さや権力の強さをコネに求めるあまり、あなたの身近に存在する大切な人を見失うことのないよう注意しましょう。

政治的・経済的に影響力がありしかも信用できる人物とのコネなど、そうそうできるものではありません。けれども、人間的な信頼関係に基づいた人脈がひとつあり、あなたに確固たるビジネスのコンセプトがあれば、成功のためにあなたが必要とするビジネス上のいろいろなコネにたどり着くことも不可能ではない、それが中国という国だと思います。

冬のミニスカートはタブー?

最近は日本では以前より少し長めのスカートが流行っていますが、真冬にミニカートをはいても誰も咎めません。けれども、中国では冬のミニスカート( =中国語では「あなたを迷わせるスカート」と書きます)は「商売女」と見られてしまいます。そんなのセクハラだわ!ファッションは自由よ!と叫びたいところですが、そこは郷に入りては郷に従え、です。実際、中国の女性は冬はパンツ姿で街を颯爽と闊歩しています。冬の中国へ出張に行かれる女性の方は、ぜひパンツ・ルックを!

運転手さんへの食事代

会社には専用の運転手さんがいるものです。彼らの食事代を給料に含める場合、またなにかのときに食事代を渡す場合に、あまりに少ない金額は避けましょう。私が北京にいたころ、「いくら中国人だからといって、自分は屋台ではものを食べない!彼ら日本人は僕を馬鹿にしているのか?」と怒りを訴えた人がありました。例えば宴会などで待たせる場合、大衆食堂での食事代よりも多い、一人当たり30元から50元ぐらいが適当です。

政治の話は御法度

よく言われることですが、外国においてはその国の政治を批判するような発言は避けるべきです。また政治だけでなく、特に公共の場で、大声で現地の悪口を言うことや、宗教、文化、習慣等の批判をおおっぴらにすることも避けましょう。言い争いの種となるならまだよい方で、ときとしてテロや犯罪に巻き込まれる原因にもなりかねません。人と異なる目立った行動をとる人が一番狙われやすいのです。

中国の歴史は異民族の侵略と分断と統一の歴史であり、一部の支配者階級によって一般民衆が貧困と屈辱を強いられてきた歴史でもあります。外国から国土を攻められたことのない日本人には到底理解できないほどの複雑な歴史的背景を持っています。そういう私たちが、木を見て森を見ぬような不用心な発言をすることは、やはり慎むべきかと思います。