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さて、その無責任男さんですが、その年の3月に現地で結婚式を挙げ、奥さんは無事に来日。そして、なぜか、私とビジネスパートナーは、新婚のBさん宅で餃子を食べているという・・・ たしかその年の秋、紅葉の真っ盛り、ちょうど前年に会社設立をした顧客を訪問するついでに、前から遊びに来て来てとリクエストのあった同じ岡山のBさん宅を訪れたのです。愛のキューピッドをやったうえに、はるばる700キロも運転して新婚家庭のお宅訪問までこなすとは、なんという行き届いたサ …
もう、おなかはちきれそ~・・・餃子をほおばる私。ここは、平成の無責任男Bさんの自宅。 北京出張も終わりに近づいた頃、日本から、「認定証明書」が届いたとの連絡が入りました。「平成の無責任男さん」案件が通ったとの知らせでした。そうです、2009年12月14日に広島入管岡山出張所に申請したBさん案件は、1月25日付けで無事、交付となったのでした。 私はドキドキしながら結果を待っていたというのに、通りましたよ!と北京から喜びメールしたときのBさん …
とはいえ、申請を通すために請け負っている仕事のはずが、入管に対する文書を何度書き直しても、どうしても言及せずにはいられない(言及しないことが不自然な)彼のだらしなさ、いいかげんさだったわけですが、この際等身大でいこう!と私は腹をくくりました。 どんなに飾っても美化しても、入管にはわかるでしょう。だらしないことは事実なのですから。 私のスタンスは、こんなにだらしない無責任男さんなのですが、善良ですし、こうやって市民の安全のために活動もしてますし …
離婚後11日目です。 これをどう真実の結婚だと実証するかも難題ですが、最も苦労したのは、「前妻に対する道義的責任」でした。 前妻とはなかなか連絡が取れず、最終的にはまったく連絡が取れなくなってしまったのですが、前妻の人生のためにもオーバーステイにならないよう、彼は帰国を促し、悶々と・・・ そして、彼の住所地の役所に聞いてみたところ、彼女がその住所にいるかいないかはおしえてもらえるということで、すでに一昨年12月に大阪に転居しているという事実 …
お金ない、気力ない、だらしない・・・とないないづくしのうえ、問題がてんこ盛りの平成の無責任男Bさん、たまたま私たちの大連出張と同時期に、彼も中国まで奥さんに会いに行くと聞き、急遽、現地にて愛の実体確認作業を実施したのでしたのが一年前。 二人へのインタビューと問題整理から始まったその作業。その過程で、Bさんの無責任ぶりが決定的となり、しまいには彼に対する集中攻撃と化し、私につき合わされたパートナーもガンガンお説教をたれる始末。 ただ、見つめ合っ …
「そんなこともできないようだったら、日本に呼んだところで、やっていけないでしょう?!ふつう、会いに来るたびに10万ぐらいは持ってくるけど?」同じ男として説教をたれるパートナー。 私たちの強い態度に、ついに観念したBさん。彼女の希望を実現すると約束させ、それを逐一訳して伝えたところ、ようやく笑顔を取り戻した奥さん。 そして、彼女に持参してもらった書類をホテル内のビジネスセンターでコピーしたあと(1枚2元=30円、高い!)、四人で遅い食事にありつ …
「この稼ぎで彼女を呼んで暮らせるのだろうか?」と、Bさん、ビジネスパートナー、私の日本人三人が、「困った、困った」「う~ん、う~ん」と唸っていますと、言葉はわからずともその様子から雰囲気を感じ取ったのでしょう、奥さんはだんだんと怒りの涙目となり、泣き出す寸前となってしまいました。 奥さんの言い分はこうです。無責任男Bさんにとっては三度目の結婚でも、初婚の彼女は、当然、結婚披露宴ぐらいしたいし、それがないから、家族や親戚一同にも「おまえは騙されて …
ともあれ、大連はBさん夫妻の宿泊ホテルにて、約6時間に渡る日本語と中国語でのインタビューと問題整理に、無事こぎつけたのでした。 確かに、夫婦のあいだに言葉の壁はありました。けれども、人が言葉や文化を超えて理解し合おうとするとき、言葉そのものだけがコミュニケーションのツールとなるわけではありません。むしろ、理解したいという気持ちに言葉がついてくるのです。 インタビューの後の食事も含めて、トータル8時間近く密着取材した結果、無責任男Bさんとしっか …
この記事は、2013年3月に町田市国際交流センターにて行われた「日中間における結婚・離婚の事例研修」の講師を務めた際に題材としたものです。私のつたない講義に対して評価いただきましたので、再構成して掲載いたします。記事中の出来事は、2008年から2013年の5年にわたります。 中国人結婚紹介ブローカーを通じて知り合った中国人女性との再々婚の認定申請が、不交付となったBさん。困り果てて当事務所に打診してきました。 そのころ、ビジネスパートナーと大 …