この記事は、2013年3月に町田市国際交流センターにて行われた「日中間における結婚・離婚の事例研修」の講師を務めた際に題材としたものです。私のつたない講義に対して評価いただきましたので、再構成して掲載いたします。記事中の出来事は、2008年から2013年の5年にわたります。
中国人結婚紹介ブローカーを通じて知り合った中国人女性との再々婚の認定申請が、不交付となったBさん。困り果てて当事務所に打診してきました。
そのころ、ビジネスパートナーと大連への出張が決まっていた私。たまたま彼も私たちと同時期に奥さんに会いに行くということで、奥さんの住む山東省の対岸となる大連を指定、二人にインタビューをしようということになったのでした。当人たちを前にすれば、見えてくるものもあると思ったからです。
が、まぁ、そこからが大変でした。
私は手続屋のはずが、乗りかかった船とはいえ、待っていたのは果てしない愛のキューピッド作業。
中国語はカタコト、しかも依存心の強い無責任男Bさんに泣き落とされて、旅行業者よろしく電話や手紙で彼女と何度もやり取りをし、二人が大連で無事落ち合えるよう、すべての手はずを整えたことにそれは始まりました。
これに味をしめたBさんは、「センセー、彼女へのおみやげはなにがええじゃろ?」に始まり、「前預った服、持っていってあげたほうがええかなぁ?センセー、彼女に電話してらえますかぁ?」、挙句の果てには、「彼女にダブルとツイン、どっちが好みか聞いてもらえますか~?」
(アホか!そんなん自分でせ~!)
パシーッとたしなめると、「センセー、怒ってはるんですか~?」と子どものように甘えた声でご機嫌を伺ってくるという調子。
そうすると、「別に怒ってませんよ」なんて答えてしまう私。
一線を引かなければならないと何度決意しても、ついついBさんの強烈な「ココロの友」モードに流される弱い自分が情けない・・・