「加藤先生とニシナ先生、社長の名刺いりますか?」「うん」。なぜかSさんは困っている様子。「名刺もらったら、加藤先生たちも出しますか?」。Sさんはどうもそれが気がかりのよう。「別に出さなくてもいいですよ」と答えたのですが、ビズパートナーが私にコソっと言います。「Sさんは、きっと私たちをSさん会社の社員にしているんだよ」
Sさんがこのビジネスのために中国で作ったという名刺はピンク色で、表が中国語、裏が日本語。そして、「仕入係り S」と書かれてあります。「それ書くなら、『仕入担当』もしくは『バイヤー』でしょ」とツッコミを入れながらも、私たちは中国人のしたたかさ、商売上手に感心します。
Sさんは、社員あるいは部下がいるということにして、会社に厚みを持たせたかったのでしょう。また、日本人社員がチェックしに来るということであれば、中国側もそう簡単に舐めないだろうということでもあったのでしょう。いずれにしても、Sさんにとっては、私たちが「センセイ」であっては立場がなかったのです。
「Sさん、私たちをSさんの部下にしたんでしょう?」と茶々を入れるビズパートナー。「違いますよ~。だから、私、自分のことは『仕入係り』にしたアルね。ニシナ先生たちのほうが上よ~。でも、会社が小さかったり社員がいないと、信頼されないでしょう?」
Sさんは老板(ラオパン: 社長)であるにも関わらず、まず自分を中国担当バイヤーにし、ついでに私たちを社員に組み込み会社を大きく見せたのです。器にこだわる中国人らしい。
ああ、だから、私たちが出張に出る前、「加藤先生たち、名刺どうしますか?」って聞いてきたのです。「自分たちの名刺あるから大丈夫」と答えた私でしたが、私たちが自分たちの名刺を出してしまったら、Sさんの目論みは終わってしまいます。かといって、「センセイ」と呼ぶ私たちに、自分の会社の社員のフリしてくれとも言えなかったのでしょう。
けれども、私たちは、Sさんとはいつも友だちのように話していましたし、先方も私たちを同僚と思ったでしょう。あるいは、中国では後から出てくる人間ほど立場が上になりますから、Sさんを私たちの部下ととらえたかもしれません。Sさんの商売を思えば、Sさんが望むのなら、私たちは自分たちの名刺は出さなくてもいいのです。出さなくてもなにも困りませんし、私たちの名など知ってもらう必要もありません。取引するのはSさんですから。こうして、Sさんの願いは以心伝心?無事、私たちに届いたのでした。